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若者よ。正しく悩んでテキトーに働こう。

寄稿 2019.09.17

僕はフミコフミオ。今回は、働く若者たちに向けて「働くうえでの正しい悩み方」をテーマにお話しさせていただくけれども、本題へ入る前に、先ずは、フミコフミオという人間を知らない幸せな人生を送ってこられた方々のために、自己紹介めいたものを書かせていただく。

 

ワンフレーズでまとめてしまうと、僕は、「普通の中小企業で働く平凡な中年管理職」である。「若い。僕はまだイケル!」と自分に言い聞かせているうちに、どこへ出しても恥ずかしくない立派なアラフィフになっていた哀しい男だ。もし、僕の平凡でないところを強引に炙りだしてみるとしたら、二十年近くの長い年月にわたって、会社でいえない愚痴や上司への文句、それから普通の会社員が生きていくうえで感じた辛さみたいなものを、ほぼ途切れることなく、インターネットに垂れ流し続けてきたことだろう。

 

それが、どういうわけか同じような境遇の一部中高年の共感や反感を得て、この文章のオファーもそういう流れからいただいた(と思っている)。本当にありがたいことだ。だから、この文章も、これまで僕が書いてきたことと同じように、会社員として二十数年間、普通に働き、生きてきた中年男性目線で、悩める僕よりも若い「あなた」に向けて生き方や働き方について語らせていただきたいと思う。もし、この文章に価値があるとしたら普通の中年の言動だからこそ、各界のスーパースターや天才の言動よりは再現性が高い、という一点に尽きる。

 

悩みは自然であり、真剣に生きている証拠でもある

「悩む」「悩める若者」という言葉に、普通はネガティブな印象を持ってしまうものだ。悩みにポジティブな要素を見つけて、悩んでいる人へ「ヘイ!楽しそうに悩んでいるね」と声をかけるようなアホはいない。もしそのようなアホが実在しても、そのアホからは人が離れていき、社会的に存在を抹殺されるだけだろう。誤解を恐れずにいわせていただくが、悩む、悩んでいる状態はよろしくはないが、言われるほど悪いものではない。むしろ喜ばしい状態ですらある。普通に働いているあなたに悩みのひとつふたつあっても自然であり、真剣に生きている証拠でもあるからだ。

 

だからあなたが今、どれだけ深く悩んでいて、暗闇のなかで将来や自分自身に悲観的になっても絶望する必要はまったくない。何の悩みもなく日々インスタ映えを求めて、スマホ片手に映えるスポットに足を運び、映えない能面顔を映える表情で誤魔化すような生き方をしている破廉恥な若者たちのほうがずっと心配である。彼らがナイトプールでの撮影に夢中になりすぎて足を滑らせて転倒してプールを血の海に変えないように願うばかりである。

 

「悩んでいる若者はすばらしい」

このような言い方をすると、物わかりのいいオッサン・アッピールをして若い世代に接近しようとしている魂胆が透けて見えるようで、気味が悪いと思われてしまう昨今の世相が哀しいが、実際、あなたと同じように若い頃、悩みに悩んだ結果として今の僕があるのも事実なのである。

 

そう、僕が若い頃にも当然、悩みはあった。当時は本気で悩んだ。ただ、今の若い人たちの悩みとは悩みの質が少々違った。たとえば、当時の僕の悩みは「なぜ残業しているのに仕事が終わらないのだろう?薄々気づき始めていたけどやはり僕は無能なのか?」「趣味のあう友達がいない。人格的におかしいから無視されているのだろう…」等々、どうしようもなくしょぼい悩みが大半を占めていた(しょぼすぎて忘れてしまったものも多々ある)。

当時は何をやるにも最初のハードルが今よりも高く、それをクリアすること自体に四苦八苦することが多く、悩みになっていた。たとえば、エクセルのような表計算ソフトを使わず手計算で見積や予算をつくるときのめんどくささ、深夜まで残業しても終わらない、このままでは倒れてしまう、何とかならないものか、という悩み。またはネットもSNSもがない時代だったので、人に言えないような秘めたる趣味を共に楽しめる人たちを見つけることはほぼ不可能で、孤独に陥りがちであった。今ならば見積りや予算なんかエクセルで瞬殺、共通の趣味嗜好の人なんか呟きひとつで見つけられる。

つまり、現在では悩みにならないものを僕は大真面目に悩んでいたのである。あの時間を返してもらいたい。

 

悩みこそが人生そのもの

「人生とは」「愛とは」「性とは」「こづかいとは」という時代に流されない悩みからは僕もあなたも逃げられない。こうした悩みにとらわれてしまったら、心身を壊さない程度におおいに悩むほかない。こうした悩みこそが人生そのものともいえる。だが、かつての僕の悩みがエクセルで蒸発したように、あなたが今、抱いている悩みの多くは時代が変われば悩みではなくなっている確率は高い。近い将来、「あの頃はさ」って先輩面老害トークのネタになるだけなので安心して悩んでいただきたい。

 

それでも悩みはつらい。なるべく悩みたくない。時代が変わるのを待てないあなたのために僕の経験で体得した悩みを軽くする方法をお話しよう。

 

今の働く若者であるあなたの悩みとは「夢や目標ややりたいことが見つからない」「人間関係がうまくいかない」「将来やキャリアを考えると今のままでいいだろうか」といったところではないだろうか。

月並みな言い方をすると悩みは一人で抱えないようにすること。馬鹿正直に友達に打ち明けたりやSNSで呟くのではない。深呼吸をして周りを観察してあなたと同じように悩んでいる人を見つけてみよう。やりたいことが見つからない人はあなただけではない。SNSは人間関係の悩みで埋められている。

キャリアや将来への不安は、危機感のあらわれだから心配する必要はまったくない。危機感を持ち警戒しながら生きているかぎりキャリアは裏切らない。逆に、こうした悩みを持っていなければ、真剣に働いていないといえる。だから、これらの悩みをもっているあなたは正しくマジメに働くビジネスマンのドアを開けた地点にいる。

 

ただ、あなたの悩みは僕の若い頃のそれよりも不幸であるともいえる。僕の若い頃のしょぼい悩みはしょぼかったけれども、ひたすら楽をしたい、出会いたいという、いわば己の心から涌き出てくるような悩みであった。それに対して今を生きる若いあなたの悩みは外部からの重圧によってもたらされている悩みだからだ。

 

どういうことか?あなたの悩みは結果と効率が優先される世の中の空気から生まれているのだ。昨今、仕事やプライベートも効率化がなされすぎている。わからないことがあればGoogleで調べれば正解と最短ルートがわかってしまう。スマホやPCの発達でいつどこにいても仕事が出来る。「正解がわかるのになぜやらないの?アホなの?馬鹿なの?」「喫茶店で休憩しながらでも出来るよね?」と上司や家族から詰められる。余裕がない。

 

マジメなあなたはどうしてこのような結果になるのか知りたいが許されない。迷ったり躊躇したりすることが大事だとわかっていながら効率と結果を追求させられる。迷うことが許されないこと、結果を急がせる空気が、あなたにとって「はやく結果を出さなければならない」という重圧となる。慌てる。「はやく結果を出さなければならない」「結果を出せない俺は何をやっているんだ」「夢やキャリアや人間関係だって調べれば解決できるし、実際、周りにはうまくやってる奴らがごまんといる」「俺はもうダメだ」という焦りが悩みになる。

 

世の中はどんどん便利になっている。無駄なものは排除される世界だ。たとえば、最近話題の退職代行業。誰もが面倒くさいと思う退職する手続きから解放されているのだ。だが、便利になるということは余裕がなくなるという一面もある。「退職という行為に力を使わず、その分を次のキャリア形成に使いましょう。退職で消耗していないのだから良い職に就けますよね」という重圧になるような気がしないでもないのだけれども、それは少々懐疑的かもしれない。

 

あえて「負け試合」を作ってみる

ソーシャルメディアを眺めればあなたと同年代でサクセスしている人たちが話題になっている。気になる。彼らの言動を見て、このままでいいのか。変えなきゃいけないのではないか。とマジメなあなたは考える。挑戦や勝負するのもいいだろう。ただ、勝者は敗者のうえに成り立っていること、そして全部がうまくいくわけではないことを忘れないでいて欲しい。うまくいけばオッケーだが、ダメだったときに「ああ僕のキャリアはこれでおしまい」とならないようにしてもらいたい。

 

僕の経験からいって働いていくうえで(会社員であれフリーランスであれ)大事かつ難しいのは失敗したときのダメージコントロールだ。自分の将来やキャリアにつながる仕事であれば、成功であれ、失敗であれ、受け入れられる。成功体験は自分を後押しして加速させる燃料になるし、失敗であっても「これをムダにならないように次へ活かそう」という糧になる。上司からの叱責もポジティブに聞くことが出来る。しかし、自分の将来にプラスにならないような仕事、面白さや意義を認められない仕事で失敗したとき、同じように受け入れられるだろうか。無理だ。失敗はただの失敗となり、叱責はただの叱責となり、「このままでいいのかな」という気持ちにつながり、働くあなたの悩みになってしまうのだ。

 

こう、考えてみてはどうだろうか。速攻で結果を求められる現代だからこそ、あえてすべてに結果を求めないようにする。どんなに強い者でも勝ち続けることはできない。かつての常勝チーム80年代から90年代前半の西武ライオンズでも勝率は7割にも届かないのだ。悪い言い方をするなら取り組む前に「負け試合をつくる」のだ。

 

とかく勝つことや結果に重きを置かれがちな世の中(これはこれで正しい)だが、負け方こそ知るべきである。負け方とは負けをどう受け止めるかということ。事前に負けてもいい闘いを決めて、実際に負けたときにダメージを受けないようにしていくのだ。適当×テキトー仕事術を提唱したい。

適当とはちょうどいい、「ふさわしい」の意味であり、テキトーとはいい加減な、「どうでもいい」の意味である。職場で自分にプラスにならないなと思った仕事を任されたら適当にテキトーにこなすようにして、しくじったときにダメージとならないようにしていくのである。割りきりである。「こんなどうでもいい仕事。やるだけやってしくじったらマーショーガナイ」で終わらせよう。結果にこだわりすぎな昨今の世の中がつらいのは、実は結果が出なかったときに抱く「俺はダメな奴だ」という負の感情である。予め、どうでもいい仕事を設定して、そこで負の感情を持たないようにしよう。

 

働いていれば、やりたくない仕事をつまらない仕事からは逃げられない。とくにまだ若いあなたはそういう仕事を任される機会が多いはず。そういう仕事は上司やパイセンは避けるものだ。それに加えて、人間とは嫌らしい生き物でかつて自分がこなした仕事を誰かに任せるとき、なぜかこれくらいは楽に出来るとハードルを上げる傾向がある。僕もそうだ。つまらない、乗り気でない仕事、しかもハードルは上がっている。求められるのは速さと正確さ。うまく出来て当然の世界。だが、もし、しくじってしまったら。つまらない仕事でしくじる。つまらなさの二乗になる。「こんな簡単なことが出来ないなんて、向いていないのではないか」「こんなキャリアに繋がらない仕事でなぜ叱責を受けなければならないのか。ムダではないか」という負のスパイラルに陥り、それが悩みになるのである。

 

僕はかつて別の文章でそういう将来の自分に寄与しない仕事も地道にやることが実は明日の土台になると書いたことがある。それは間違っていないと今でも思っている。だが、今を生きるあなたにとってはそれも選択肢のひとつにすぎない、適当にテキトーにやりすごす選択肢もあるのだと言いたいのだ。

 

世の中から迫られて悩むのではなく、自分の心から自発的にわき出てくる悩みと向き合うように自分を持っていこう。悩みとともに人生は続いていく。より良い負け方で悩みを少なくして働くことを楽にしていこう。正しく悩んで、楽しく働く。悩みは人生の友なのだから、うまく付き合っていこうではないか、あなたも僕も。では。

 

 

9月27日に「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。」(購入はこちら) という長いタイトルの本がKADOKAWAさんから出ます。内容は「普通に働いて生きているサラリーマンである僕が、日々のなかで感じた納得いかないこと、頭にきたこと、やりきれないこと、上司たちへの悪口、嫁さんへの愚痴、社会への文句…そういった生きにくさの正体や生きにくさとの付き合い方について、普通のオッサンなりに真正面から考えてみた!」というもの。今回のテキトーエッセイと同じで、芸能人やスポーツ選手、ビジネスエリートの人たちよりも近い距離にある悩みについて考えているので「あー!これあるわー」「バカだなー!」と共感していただけると思う。一度、手に取ってくれたらいただけると嬉しい。

 

 

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