topTOP インタビュー お笑い芸人とゴミ清掃員。二足のわらじを履く男の仕事と人生 マシンガンズ滝沢秀一さん(43歳)

お笑い芸人とゴミ清掃員。二足のわらじを履く男の仕事と人生
 マシンガンズ滝沢秀一さん(43歳)

インタビュー 2019.11.01

「M-1グランプリ」で、2007年から2年連続で準決勝に残った。着実に前に進むも、仕事は徐々に減っていく。

売れなくなったお笑い芸人がゴミ清掃員を始めたことに対して、負けたと言う人もいるかもしれない。

しかし、生活のために始めたゴミ清掃員の仕事を全うし、それを武器にさえしている姿は、むしろカッコよかった。

滝沢さんの選んだ、よりベターな生き方とは――。

経歴

1976年東京都出身。98年に、西堀亮さんとお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。2012年にゴミ収集会社に就職。本業はゴミ清掃員で、芸人は副業。ゴミ収集中の体験や気づきを発信したTwitterが人気を呼んでいる。「ゴミ清掃員の日常」(講談社、2019年5月発売)が、好評発売中。妻と2人の子供の4人暮らし。

「お笑い芸人」で食べれなくなり、「ゴミ清掃員」を始めた

―初めまして。お仕事終わりにありがとうございます。

今日は段ボールを回収してきました。

朝5時に起きて、6時半に出社して。雨が降っていましたが、無事に終わりましたよ。

 

―早速ですが、どうして芸人を目指したのでしょうか?

母親がお笑い好きだった影響で、幼いころからお笑い芸人に憧れていました。
たけしさんやダウンタウンさんにハマって、虜になってテレビを見ていた記憶があります。

高校生くらいの時に放送していた、「GAHAHAキング爆笑王決定戦」という番組の勝ち抜き企画で、「爆笑問題」が他の芸人をなぎ倒していくように勝っていくのがめちゃめちゃカッコ良かったんです。それで、僕もやってみたいと思うようになりました。

 

―今年で芸歴21年を迎えました。

これまで山あり、谷ありでしたね。
22歳で芸人になってから9年間はひたすら下積みで、楽しいことは一度もありませんでした。

20代の頃のマシンガンズのお二人。プライベートのツーショット。左側が滝沢さん。

お笑いを辞めるかどうか悩んでいる頃、「ツッコミ芸をやらせてくれ」と相棒にお願いし、それがたまたまウケましたね。
本当に崖っぷちギリギリのところで、爪一枚引っかかった感じです(笑)。

ありがたいことに、31歳の時に初めてテレビ番組に出演し、そこから段々と仕事がお笑いの仕事が増えました。

 

―そこからどうしてゴミ清掃員の仕事を始めたのでしょうか?

3年前から、テレビでの出演が段々と無くなっていって…。
それもすぐ仕事が無くなったわけじゃなく、ゆっくり締め上げられているみたいな感じで、無くなっていくんですよ。
徐々に息ができなくなっていって、最終的にはもう指1本入らないくらい“ぎゅっと”絞められた感じで、本当に苦しかったですね。

別の仕事も始めようと思って、既にお笑いを辞めた仲間に連絡したところ、ゴミ清掃員の仕事を紹介されました。

お笑い芸人で食えなくなったからゴミ清掃員を始めたわけです。

「お金の目処がついたから何とかお笑いは続けられる、ラッキー」と安心しましたね。

 

裏では「ゴミ兄さん」と呼ばれていた

でも、やっぱり両立は厳しかったですよ。
昼はゴミ清掃員、夜はお笑い芸人をし、家にいる時間があまりありません。

当時、小さい子供がいたので、妻に負担をかけていましたね。
お金だけの問題ではなくなってきて、それもまたしんどかったです。
1個1個目の前のことをやっていくしかなかったというか…それしか方法がありませんでした。

しかも、後輩芸人からは裏で「ゴミ兄さん」と呼ばれていて。
悔しかったですけど、そんなことを言われる自分を笑うしかないというか、むしろ「いつかこれで誰かが笑ってくれればいいかな」くらいに思っていました。
実際に、こんな話をすると喜んでくれる人がいて、そういう嫌なことも捉え方によっては、武器になりますね。

 

「ダチョウ倶楽部」のリーダー、肥後克広さんと芸人の有吉弘行さんの言葉が支えになって、辛くても耐えることができた部分もあります。

肥後さんの「やりたいことがあるなら何でもやってみろ。芸人なら、ダメでもヘラヘラして帰ってこい」。
そして、有吉さんの「失敗したら、それを笑える芸人になれ」。

お二人の言葉は、ずっと僕の人生訓になっています。

 

「本当はダウンタウンになりたかった。でも、皆がなれるわけではない。よりベターな人生を歩んでいく」

「ゴミ清掃員」って世間で言えば、「負けた」という風に思われるかもしれません。
僕は全然負けたとは思っていないですが、そう思われるのであれば、それを受け入れて生きていくというのが一番自分に合っているのかもしれません。
先輩方に教えてもらった通りヘラヘラして生きていくというか(笑)。

インタビューでも、「どんな気持ちでしたか?」と聞かれることがあって。
「あ、この人は負けた時にどんな気持ちだったのか聞きたいのだろうな」と思うことも結構あります。悪気はないんでしょうけど(笑)。

本当は、ダウンタウンさんになりたかった。
それが一番、ベストだったわけです。

でも、世の中でベストな人生を描けている人はほんの一握りです。
自分が想像した未来の通りになっている人よりも、自分の思っている姿ではない人が大半だと思います。

僕なんかその代表例ですよ(笑)。

ベストな人生は歩めなくても、よりベターな人生は歩めます。
ベストは無理でも、よりベターに歩んでいきたいと思っています。
だから今の自分で言えば、ゴミのことについてたくさんの人が知ってくれることがベターだと思っていますし、それでお笑いも届けられれば、よりベターだと思っています。

―幼いころからの夢だったお笑い芸人。それだけで食べていくことを諦めるのは苦しくなかったですか?

悩みましたし、ゴミ清掃員をやるまでは、「芸人として成功しなければ人生は失敗」と思っていました。

ゴミ清掃員って色々な人が働いているんですよ。がんになっても働き続けていた人や外国人、元役者…。そういう人たちと働いて自分自身の価値観が変わった気がします。

 

「テレビの仕事を振ってこい」。昔はとんでもない奴だった。

―価値観はどう変わりましたか?

人と接することが当たり前だと思わなくなりましたね。

こうやって自分に興味を持ってもらい、取材を通して出会うことも凄くありがたいことじゃないですか。

でも、昔は、とんでもない奴でした。

「レッドカーペッド」とかテレビに出始めるようになって仕事が増えると、地方での営業も増えました。
そういう時に、「俺は営業をやりたいわけじゃない。テレビに出たい。テレビの仕事を振ってこい」と思っていて。
とんでもない奴ですよね。呼んでもらって、金までもらって、漫才をやらせていただいているのに。

「テレビに出たいから、営業のあれ断ってくれ」と言った記憶もあります。
何人か候補がいて、その中でマシンガンズを選んでくれたわけじゃないですか。
それってかなり有難いことで、今なら「全部引き受けろ!」と思います(笑)。

そういう有難いものに囲まれて生きていると思えるようになったのは、変化かもしれません。

この変化は、「ゴミ清掃員をやったから」ではなく、とんでもない苦痛を味わったから気づけたと思います。(笑)

とんでもない苦痛を味わえば、「あの時、有難かったなあ」としみじみ分かると思いますよ。

 

―今の滝沢さんは自然体で生きている印象です。

肩の力が抜けましたね。
ライブで滑っても、「明日ゴミ清掃頑張ればいいか」という気持ちになれますし、ゴミ清掃で嫌なことがあれば、「ライブで喋ろうかな」となります。心のバランスを取るというか…。

行ったり来たりをしながら曖昧に生きているのかもしれません。
だから、「明るくなった」とよく言われますよ。

前は「これでウケを狙わないといけない」と考えて、準備してタイミングを見計らっていましたが、いざセリフを言う時には緊張してガチガチになっていました(笑)。
今は滑ってもいいから思いついたことをそのまま喋るので楽ちんです。

最近だと、「ニュースはこれとこれがあったね」みたいな感じで相棒と軽く打合せをして、あまりネタを考えずに舞台に出るということをやっています。
めちゃめちゃウケるときとめちゃめちゃ滑るときがあって、滑るときは本当に酷いです。
1~2年目のお笑い芸人だったら多分泡吹いて倒れていますよ(笑)。

 

「本当にダメだ、これは絶対どうにもならない」。全てが駄目だった20代

―31歳までの9年間は下積みだったというお話が先ほど出ましたが、どんな20代を過ごしてきたのでしょうか?

華々しいことは何もなかったですよ。

お笑いにどっぷりつかっていましたが、お笑いの仕事は全然もらえませんでした。
ネタを書くのも嫌になったこともあり、そりゃもうストレスですよ(笑)
ただウケないネタを毎日毎日やって…。しまいには電車に乗ると気持ち悪くなって1駅1駅降りたこともあります。
今考えると、パニック障害ですよね。

 

―ゴミ清掃員の仕事がきっかけで、各メディアに取り上げられることも増えています。下積み期間が報われたのでしょうか?

20代がなかったら、恐らく30代はなかったでしょうから、積み重ねていたというのはあるかもしれません。
何を積み重ねていたのか分かりませんが(笑)。

TVに出るきっかけとなったダブルツッコミも、皆が一通りやるようなネタを全てやって、全部ダメだったということが分かって、ようやく生まれたものです。

そう考えてみると、20代は全部ダメでした。
「本当にダメだ。これは絶対どうにもならない」とバツを付けていく作業をしていました。
一生懸命モノマネとかやりましたけど、一個もできませんでしたから(笑)。

でも、「何がダメか分かる」って意外と大事かもしれません。
ダメなネタの中に「○○だろ!」みたいなツッコミが若干ウケていたので、「もうそれだけにしよう」としたら、ウケたわけですし。
できることだけやってみたというか。

 

―お話を聞いていて意外な20代でした。

キラキラした青春ってあるじゃないですか?
僕は全くありませんでしたよ。僕の周りも暗い奴ばっかりですね。
20代の頃って周りと比べてしまいましたし、僕らと同じような芸人が先に売れているのを見ると、「何がそんなに違うんだ」と思っていました。やっかみですよね。

でも、今だから分かるのは、卑屈になる必要はありません。
ダメだってことが分かるだけでも先に進めます。
自分の生き方が決まるまでは周りと比べてしまうかもしれませんが。

誠実にやっていることが大事なんじゃないかな、と思います。
僕らも誠実にやっていたら、見ている人は見てくれていて、数年後に順番が回ってきてTVに出演することが増えてきました。
「誠実に、そして周りと比較して拗ねない」ことが大事だと思います。

 

「1個でダメなら、他で補えばいいじゃないですか」

―滝沢さん、かなり後輩から慕われませんか?凄く話しやすくて、私が後輩ならガンガン悩み相談をしたいです(笑)。

後輩も年を取ってきて、彼らも彼らの人生があるので、そんなに付き合いはないですね。
一時期、お金が無さ過ぎて後輩に奢るのが嫌で逃げていたのもあるかもしれませんね(笑)。

それでも多少は相談を受けます。
例えば、後輩芸人が「子育てするのにお金は必要だが、お笑いをやっているから就職できない」と言うと、彼の奥さんから「マシンガンズ滝沢さんの例があるでしょ」と。
それで僕のところに相談に来たことがありました。

 

―どういうアドバイスをするのですか?

まだ芸人として売れていないのに子供が生まれると、「子育てをやっている場合ではなくお笑いに専念するべきではないのか」と悩むんですよ。
でも、僕の経験上、どちらも中途半端にするのが一番時間の無駄だと思っています。
やるなら、どっぷりやった方が良いです。

子育てなら子育てに専念する。その経験もいずれ仕事につながるかもしれないですし。
僕もゴミ清掃員を真剣にやっていたら、本を出すことになり、うまく転がっていきました。

―2つの職を持つ意味をどう考えますか?

僕の場合、それしか生きる道がなかったというか、そうせざるを得なくなり、ゴミ清掃員として働くようになったので、あまり参考にならないかもしれませんが。
本当はお笑い一本でやれるのが一番カッコいいですけど、そうはできませんでした。

1個でダメなら他で補ったらいいと思いますし、僕の子供なんて大人になったら仕事を2つ持つものだと思っています(笑)。
「ゴミ清掃員とあと1個は何をやろうかな」とずっと迷っていましたから。

先日、ゴミ清掃員以外の仕事を、ついに決めたらしいです。
「ゴミ清掃員とプロ野球選手になる」と。
「ナイターならいけるか?デイゲームはたぶんきついぞ。地方もきついな。やれるか?」みたいな話をしています。

「ゴミ清掃員になりたい」と子供に言われるのは嬉しいですけど、お笑い芸人ではないのかと少し複雑な気持ちではあります。(笑)
まあ好きに生きて欲しいですけどね。

何か1個のことをやらなきゃいけない風習が、僕らの時代はありましたけど、そんなことにこだわる必要はありません。副業することで自分が楽になるのであれば、それを選ぶのも立派な選択肢の1つだと思います。

僕の場合は、仕事を2つ掛け持ちして視野が広がりました。片方から要素持ってくることや、お互いに行ったり来たりもできますし。
アイディアはたくさんあった方が良いから、僕は色々なことに触れることがいいと思っています。

 

―滝沢さんにとってお笑い芸人とゴミ清掃員とは?

お笑いとは何か、ゴミ清掃員とは何かは、あまり考えないで、両方やっている自分、それが滝沢なんだくらいな感じで思っています。

ゴミ清掃員とお笑いをどちらも同時並行でやること…。
変な話ですけど、これはもう決まっていた話なんじゃないかと(笑)。

お笑い芸人もゴミ清掃員の仕事も、どちらが無くてもダメでした。

思い描いていた人生と違いますが、思い描いていた姿が正解なのか、今の姿が正解かなんて誰にも分からないわけです。

僕には僕の、この人生しかないのであって、成功した人生を味わうことはできません。
だから、この人生を生きていくしかなく、他に選択肢はありません。

与えられたことの中で、一生懸命楽しいものを見つけて生きていこうと思っています。

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