topTOP インタビュー 「落語家」兼「仏教の僧侶」 ー挑戦者の背中ー 露の団姫さん(32歳)

「落語家」兼「仏教の僧侶」
 ー挑戦者の背中ー
 露の団姫さん(32歳)

インタビュー 2019.09.24

「落語家としてはプロですが、アマ(尼)なんです」―――。

露の団姫(つゆのまるこ)さんは、「落語家」兼「仏教の僧侶」という異色の肩書を持ち、注目を集めている。
また、キリスト教徒で太神楽曲芸師である「豊来家大治朗」さんという、異教徒の方と結婚している。

前例がいない道を歩み続けてきた。
だが、決して平たんな道のりではなかった。

厳しい修業、周囲からの誤解、バッシング…。
それでも、若いころからの夢を叶えるため、まっすぐに進んできた。

何が彼女をそこまでかきたてるのか、どのように道を歩んできたのか。
彼女の生き様に迫った。

「芸人として腹を決める」 落語家への道のり

経歴

落語家・僧侶。高校卒業と同時に、上方の落語家・露の団四郎に入門。3年の修行を経て、寄席・テレビなどで活躍。2011年「第6回・繁昌亭輝き賞」を受賞。同年、天台宗で出家得度。業界初の「天台宗キャンペーンガール」でもある。

 

―初めまして。露の団姫さんは「落語家」と「僧侶」という異色の肩書をお持ちですが、それぞれどんな活動をしているのですか?

 年間260日は高座(落語の舞台)や仏教の講演活動などで全国を飛び回っています。落語では、主に古典落語や自作の仏教落語を演じることが多いです。僧侶としては、仏教の教えを広げるために法話などの活動を行っております。

最近では有難いことに、半々の仕事が増えてきて、90分の講演で30分落語をして、60分仏教の法話を行っています。10月には繁昌亭で、独演会をする予定で、そこで新作の落語を披露するんですよ。

 

―どんな新作落語なのですか?

 「寿命」に関する落語です。

昔から、長生きは大変めでたいものとされてきました。もちろん、それはそうなのですが、それゆえに、若くして亡くなる方が本人の幸福度に関わらず「かわいそう」なものとして扱われてきました。

寿命の長さによって故人の幸・不幸が決め付けられてしまう現状は、多くの人を苦しめています。
そこで、「人魚の肉を食べて不老不死になった尼さんがいた」という福井県の「八百比丘尼(やおびくに)」伝説をモチーフに、「長寿信仰」に一石を投じる落語をできないかと考えたのです。

 

―非常に面白そうな落語ですね。落語をする上で何かモットーはありますか?

聞いている人に活力を与えられるようになりたいと思っています。

落語家になった後に、「芸人は地獄に落ちる」と仏教で言われていることを知りました(笑)

「芸人は、芸を通じてときにはお客様に憎しみの心や煩悩を起こさせる」からだそうなので、地獄に落ちないように、悪い心を起こさせるような話はしないように気を付けていますね。

 

―どうして落語家になろうと思われたのでしょう?

幼いころから両親が、落語好きで、聞いているうちに私も落語が好きになっていきました。

また、幼少期に劇団に入っていたのですが、セリフを間違えた子役が責められているのを見て、自分ひとりの責任で舞台を行える落語家になろうと思いました。高校生の時は、「落語家になるか」「尼さんになるか」悩んでいました。

 

―悩まれた結果、落語家を目指された理由はどうしてなのでしょうか?

江戸落語の名人、三代目・三遊亭円歌師匠は落語家でありながら僧籍を持たれていました。

尼さんから落語家は無理そうだけど、落語家から尼さんになることはできそうだと判断したからです。

 

―落語家の修行は非常に厳しいイメージがありますが、実際にどうでしたか?

めちゃくちゃ大変でした(笑)

高校卒業後、大師匠の家に住み込みで、3年ほど修行していましたが、睡眠時間は毎日3時間程度しかありません。
さらに、修業中は毎日のように理不尽なことで怒られますが、これこそが落語家の修業です。

でも、その修行業を経験出来て良かったと思います。

師匠は修業期間で「芸人としての腹が決まる」と話していて、私もその通りだと思っています。

毎日理不尽にさらされることで、舞台で動じない心であったり、飲み会で嫌なことを言われてもさらっと受け流して次の仕事につなげられたりするようになります。

落語家として生きていくための腹づくりをするために修行をするんです。

将来、もし弟子が来たら同じように住み込みで修業をしてもらいたいなと思っています。もしきたら、ですけどね。

 

―その厳しい修業期間はどうやって乗り越えたのでしょうか?

私の場合は日記で自分の感情をコントロールしていました。3年日記というのが当時流行っていて、それをやっていましたね。

当時の日記を見返したとき、悪口しか書いていなかったので、このままこんな日記を持っていたらロクな落語家にならないなと思い捨てましたが(笑)

「自殺をしようとしたが、法華経に救われた」 仏教への目覚め

―落語家として活動をされ、2011年には「第6回・繁昌亭輝き賞」を受賞するなどご活躍をされている中、1年後に比叡山延暦寺で正式な僧侶になられています。どうして僧侶になろうと思われたのでしょうか?

元々、仏教に興味があり、教えを広げていきたいと感じていたからです。

仏教…そもそも宗教に興味を持ち始めたのは、「人間死んだらどうなるのか」と小さいころから興味があったからです。私の父親が高齢で、45歳の時の子供です。5歳の時すでに50歳です。

幼稚園に行くと、周りの父親は若いのに、うちの父親だけおじいちゃんです。(笑)

それから「死」というものを意識するようになりました。人間死んだらどうなるのかずっと考えていました、変な子供ですよね。日中楽しくても、夜布団に入ると、「死んだらどうなるのかわからない」と悩んでいました。

そんな中、中学の社会科で宗教を知って、高校の時にバイト代で勉強しようと決意しました。初めてバイト代で買ったのが聖書でした。化粧品とか洋服じゃなくて、聖書だったのです。

 

―すごい高校生ですね(笑)宗教のどの部分に魅力を感じられたのでしょうか?

 仏教、イスラム教、キリスト教など幅広く勉強するうちに、今まで思っていた宗教と違うことが面白かったです。

例えば、イスラム教の聖典「コーラン」ってありますよね。「目には目を 歯には歯を」という有名な言葉があって、あれって「やられたらやり返せ」だと思っていましたが、違うんですよ。
一人やられたら相手をみな殺しするという風習のあるところで、「一人やられたら相手をみんな殺すではなく、一人でやめときましょう」という平和のための法則なのだそうです。
もちろん、殺し合いしないのが一番ですけどね。

自分で勉強しないと分からないことがたくさんあると知って、どんどん興味を持ち仏教に辿りつきました。すると、法華経というお経の中に、お釈迦様が山の上でお説法されているシーンがあるんですよ。そこを読み始めたとき、私も山の上で聞いている一人だと感じました。
「お釈迦様は、あなたをどう教え導こうか考えておられる」という文言があって、それを読んだ時、「お釈迦様みたいな偉い人でも私のことを心配してくれているのだから頑張らなあかんな」と感銘を受けました。

また、高校生の頃、自殺をしようとしたことがあり、思いとどまらせてくれたのが、法華経だったのです。
それで仏教の道に進んで、教えを広めていきたいと思うようになりました。

 

―差し支えなければ、どういうことなのか具体的に伺ってもよろしいですか?

高校生のとき、同人誌でエロ漫画を描いている人に、私のちょっと変わった本名「鳴海ハトル」をそのままペンネームとして使われていました。使用を差し止めるため裁判もしなくてはならず、精神的に大変で、本当に「死にたい」と鬱状態になっていました。

「今日、死のう」と思った時に、ふと法華経を読み、「私が死んだら仏様が悲しむのではないか、仏様は私のことを応援してくれているはずだから…」と思いとどまることができました。

そこから信仰を持つことは自殺を防ぐきっかけになるのではと思い、何教でも何宗でも良いので、多くの人に信仰心を持ってもらいたいと熱く思うようになったのです。

「売名行為」「若い奴の思いつきだ」 周囲からの誤解を乗り越え、僧侶に

―落語家でありながら、僧侶になろうとして、周囲からの反対はありませんでしたか?

 反対というかバカにされていたと思います。

「お坊さんになる」というと、売名行為だと思う人がすごく多かったです。私自身、当時若手だったので、私の話を聞いてくれず、「思いつきで僧侶になりたいと言っている」と思っている人も多かったです。悔しかったですね。

自分のやりたいことを否定されるのはちょっとしんどかったです。

ただ、自分でまっとうにやっていれば、いつかわかってくれるはずと思っていました。周りのバッシングだけじゃなく、得度させてもらうまでも大変でしたよ、4年もかかりました。

お願いし続けたことで、自分の熱意が通じてようやく出家を認めてもらえました。

 

―落語家同様にこちらの修行も大変そうなイメージですが、どうでしたか?

 僧侶の修行も辛かったです。体力的な余裕が無くなり、精神的な余裕も無かったです。夜中2時から始まって、寝るのは夜11時くらい。毎日睡眠時間は、23時間ほどでした。

私の場合は、落語家の修業を先に経験し、「修行ってこういうもんや」と思えたので、まだ耐えられました。

厳しい修行を乗り越えてようやく住職資格を持つ正式な僧侶となりました。
初めての剃髪は近所の散髪屋さんで、1時間くらいかけて、剃ってもらいました。

髪を剃るのに抵抗はありませんでした。
「髪(神)よりも仏の道だ」と思っていましたから

  

―僧侶の修行前後で、何か心境の変化はありましたか?

 良い意味でプライドが低くなったと思います。修行中は、体力的にも精神的にも余裕が無いので、自分の嫌な部分がさらけ出されます。自分は大したことないし、嫌な人間だということも思い知らされました。

しかし、プライドが低くなったおかげで、周りにも以前より優しく接することが出来るようになりました。自分が完璧な人間でないのだから、周りにも完璧さを求めない、失敗を許す寛容な心が身についたということです。

 

―露の団姫さんの中で2つの活動はそれぞれどのようなものなのでしょうか?

落語家は「職業」、僧侶は「生き方」です。

私の職業は落語家であり、これで稼いで食べています。だから、嫌な仕事も割り切ってやらなきゃいけないですし、嫌な人とも付き合わなければいけません。やりたくないネタであっても必要があったらやらなきゃいけないですよ。落語は好きでやっていますが、楽しんでやるとかそういう次元の話ではありません。自分の趣味ではなく、お客様に楽しんでいただくためにやっています。

だから、「楽しんでやる」という言葉にあまりとらわれる必要はありません。
もちろん、楽しいに越したことはありませんが、楽しくなくても仕事は仕事です。「楽しくないからこの仕事向いていないのかな」と思い悩まなくても大丈夫です。 

一方で、僧侶は「生き方」です。
これで収入があるわけではないですし、落語で稼いだお金を宗教活動で使っています。仏様の教えに従って生き、その教えを広めるために活動しています。

―なかなか露の団姫さんのように、これだと決めたら、それに向かって一直線に行ける人は少ない気がします。どうしてそうできたのでしょうか?

 できる・できないがはっきりしていたので、道が選びやすかったからかもしれません。

姉二人は勉強でき、学校でもオール5を取ってくるような優秀な子供でした。一方の私は、できる・できないがはっきりしていました。だから、「自分がやろうと思ったことはできることだろうからどんどんやろう」と考え、挑戦してきました。

できないことがあるからできることがある。あれが苦手ならこれは得意ではと置き換えて考えています。得意・不得意ではなく、好きなことは得意だろうと考えると、自分の目安が分かりやすいと思います。

私の場合、学生時代、人前での喋りが得意ではありませんでしたが、好きではありました。作文の発表だと、緊張でおなかが痛くなるタイプです。それでも、好きなことは上達するだろうと考えて、落語家の道に進みました。

 

―なんでもできる人の方が確かに悩みやすいのかもしれません。そういう場合どのようにしたらいいと思われますか?

普段、私のもとに結構お悩み相談が届きます。お話を聞いていると、学生時代オール4・5取るような何でもできる人の方が悩んでいることが多いです。できる・できないがはっきりしている方のほうが、道が見つかっていますね。何でもできる人の場合、好きよりもできるの方が先に来てしまうので、悩んでいると感じています。

一度全部できることを捨ててみて、改めて自分は何が好きなのか問い直してみてはいかがでしょう?

 

結婚時も周囲からバッシングを受ける

2011年に結婚もされていますが、お相手がキリスト教徒での太神楽曲芸師「豊来家大治朗」さん。どのように出会われたのでしょうか?

寄席で出番が一緒になり、見た瞬間に「私この人と結婚する」と思いました。キリスト教徒だと知ったのは後になってからです。

誕生日に、「露の団姫さんに出会わせていただいたことを感謝します」みたいなメールが来て、後日「キリスト教徒ちゃうの?」と聞いて、分かりました。

「朝、夫婦一緒にお勤めをしたい」夢は、その時に崩れてしまいました(笑)

ただ、同じ宗教を信じている場合だと、「正解は一つだ、同じ教えを信じているのだからなんでもかんでも同じ考えで当たり前だろう」と勘違いをしやすいので、なにか意見が食い違うたびに、相手を許せなくなってしまう可能性がでてきます。

しかし、はじめから信じている宗教が違っていると、考え方は違って当たり前だという前提ができるので、相手に自分の考えや価値観を押し付けようともしませんし、違いを許せないどころか楽しめます

 

―結婚は同じ価値観の方がいいのかなと思っていましたが、確かにおっしゃる通りかもしれません。

日本人は「一緒じゃないと嫌」だという人多いですが、片方が意見や価値観を押し付けていることが多いです。そこからひずみが生まれてしまいますし、無理に合わせる必要はないと思います。

それは、違うことに抵抗がありすぎるからかもしれません。
価値観や意見が一緒だと、何がいいのか改めて考えてみてほしいです。

 例えば、どの時代にも「世界中が同じ宗教になれば戦争は無くなるからみんなが一つの宗教を信じるべきだ」という人が出てきます。しかし、親が同じであっても兄弟同士で殺し合いをする人はいるわけですから、全員が無理やり一緒の宗教になって、同じ神様の子どもになったとしても、それは平和には繋がりません。

だから、「一緒」は何の解決は何の解決にもならないというのを出発点にしなければいけません。「一緒が善」で、「違うのが悪」ではないでしょう。

結婚時も散々バッシングされましたが、幸せに暮らしていますよ。違う宗教の人と結婚してよかったと心底思います。

 

―どういうときに良かったと思われますか?

面白い話でも一つしましょうか。
夫も同じ芸人ですが、ちょっと衝撃的なことがありました。

周りの他の芸人から「仕事ないんちゃうか」などと言われていたので、「それ言われてどう思う?」と夫に聞いたら、「キリスト教では労働は“罰”だから」と。(笑)

言われてみたらそうですよね。
夫の中では好きな仕事をある程度して、食べることができたらそれでいいわけです。
「働くことが人生」みたいなことに、私自身なってしまっていたので、自分の固定観念の狭さに気づけました。あんまり働きすぎると、働くことだけに自分の値打ちを見出してしまいます。それだけじゃないはずです。

自分と一緒に居たら子どもが喜んでくれる。それも自分がいる意味・値打ちじゃないですか。全く違うからこそ、そういうことに気づけるのです。

 

「自分を信じて、人の言うことは気にしない方がいい」

20代はこれからどう生きていくのがいいと思われますか?

2018年に特殊メイクで、日本人初の米アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘氏は、「他人の意見は聞かないことが自分は良かった」と話していました。

私もそう思っていて「他人の意見は気にしない」ことが大切なんじゃないかなと思っています。

「人の意見は聞け、アドバイス聞きなさい」とよく言われますが、その逆です。本当にその人のことを思っているアドバイスって少ないと思います。大抵は自分の都合でそう言っているだけです。

「この人の言うことだけは聞こう」というぐらい尊敬する人以外の意見やアドバイスなどはあまり聞かなくてもいいと思います。

意外とみんな真面目ですよね。ちゃんと言うこと聞きますもん。

 

―露の団姫さんは聞かれてこなかった?

言うことあまり聞いていませんでしたね(笑)

昔、ある会社の偉い人から「髪の毛をパーマにしろ」と言われたことがありました。「女で落語家って変わっているからパーマにすれば注目を集められる」という理由でした。

でも、その人は私の落語を見たことがありません。そんな人が、私がどういう落語したいか知るはずもないですし、とやかく言われる筋合いはないと思っていました。結局、言うことを聞きませんでしたよ。

これだけでなく、バッシングや誤解を受けることがたくさんありました。

「女がなんで落語家になるのか」
「出家は売名行為だ」
「異教徒との結婚なんてうまくいくはずがない」

しんどかった時期もありました。それでも、自分の信念を貫けば、必ず人は分かってくれます。
周りからの批判や意見を惑わされず、「自分でレールを敷く」という気持ちで進んできました。

 批判されることを恐れず、自分の道を突き進めばいいです。強い信念があれば、その道は必ず開かれます

 

少し話は変わりますが、仏教には「自灯明」「法灯明」という言葉があります。これはお釈迦様の言葉で、お釈迦さまの教えで「自己を拠りどころとし、法を拠りどころとして生きよ」という意味です。順番がすごく大事で、普通だったらお釈迦様の教えを信じる方が先に来る感じがしますよね?

でも、お釈迦様は「自分がしっかりしていない人が仏教を信じてもそれは何にもなりませんよ」と言っています。

自分に自信がない人ほど、人の言うことに振り回されてしまいますが、他人の意見に依存することなく、自分をしっかり確立させて生きていくことが大切ではないでしょうか。

 昔、東工大で講演をしたときに、「『信仰』と『依存』の違いを教えてください」と学生に聞かれたことがあります。

まさにその話と同じで、自分が無く、言われたことをただやっているだけなら、それは「依存」です。他人や社会に「依存」しているだけなのです。
しかし、自分の心がしっかりと調っている人がお釈迦さまの教えを信じ、人生をよりよくするものとなるならば、それは「信仰」です。

 

追い求める「落語家」「僧侶」としての2つの夢

―これからの夢や目標はありますか?

落語家としては「名人」を目指しています。

お客さんから露の団姫でしか味わえない・聞けない落語を感じ取ってもらえるようになりたいですね。明るいだけではなく、心の底から元気になる・活力になるような落語を演じていけるよう日々精進です。

一方、僧侶としては、「自殺者を減らす」ことが夢です。

仏教の言葉で「抜苦与楽」という言葉があります。仏様の教えを知ってもらい、楽しく生きる活力を知ってもらいたいと考えています。今後、人々が集まることが出来るお寺を作りたいと思っています。

 

―お寺を作るのですか⁉

今、活動の拠点が無くて困ってしまうことが多いんです。先日も、いきなり関東から悩み相談に来られた方がいて、困りました。夕方6時くらいに、いきなり電話で「悩み相談に来ました」と連絡がきました。近所の喫茶店は閉まっていて居酒屋しか空いていなかったので、そこで悩み相談に乗りました。

 「ここに来たら心が落ち着くわ」「まるこさんいなくても他の人と喋っていたらそれでええねん」みたいな地域のコミュニティーセンターみたいなお寺を作りたいと考えています。35歳までにお寺を建てて、拠点づくりを何とかしたいですね。

4050歳の時の目標はまた出てくるでしょう。
死ぬ瞬間まで目標があり続けるでしょうから。それに向かって生きていきたいですね。

 

 

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